目録TOPへ

「濱田徳海資料」について



   「濱田徳海資料」は昭和恐慌期から日中戦争期にかけて、税制改正に携わった大蔵官僚濱田徳海事務官の所蔵していた税制史上、極めて貴重な文書である。というのも、大蔵省主税局の内部文書は、大蔵省保存文書室に「昭和財政史資料」として所蔵されている。しかし、この「昭和財政史資料」には昭和恐慌期までの内部文書が収録されているにすぎず、所謂「馬場税制改革案」以降の戦時財政期における大蔵省主税局の内部文書は所蔵されていない。「濱田徳海資料」は「馬場税制改革案」および日中戦争期の税制改正に関する大蔵省主税局の内部文書が所収されている点で極めて貴重である。
 そればかりでなく、「昭和財政史資料」には所収されていない昭和恐慌期に大蔵省主税局が作成した内部文書も、この「濱田徳海資料」には含まれている。しかも、実現しなかったとはいえ、昭和恐慌期に検討していた税制改革案が、戦時税制改革期に実現していくことが、この「濱田徳海資料」から読み取れる点でも貴重である。
 濱田徳海大蔵省事務官は明治32年8月7日に鹿児島県に生まれ、昭和33年6月15日に死去している。大正13年3月、東京帝国大学法学部政治学科を卒業し、同年4月大蔵省に入省している。銀行局を振り出しに専売局、さらには山口税務署長などを務めた後、昭和8年6月から醸造試験所事務官と主税局事務官を兼務している。
 この「濱田徳海資料」に所収されている昭和恐慌期に、大蔵省主税局が作成した内部文書は、濱田徳海事務官が醸造試験所とともに、主税局の事務官を務めていた時期の文書であるといってよい。そのため酒税関係の資料も豊富に含まれている。
 その後、濱田事務官は昭和12年7月から醸造試験所事務官の任務を解かれ、昭和14年8月に興亜院事務嘱託となるまで、大蔵省主税局に勤務している。「馬場税制改革案」や日中戦争期の税制改正に関する資料は、この時期に濱田事務官が携わった大蔵省主税局の内部文書と考えてよい。
 ところが、「濱田徳海資料」には昭和14年8月に、大蔵省主税局を濱田事務官が去ってから後の文書は含まれていない。したがって、1940年(昭和15年)の抜本的税制改革の資料は残念ながら所収されていない。
 「濱田徳海資料」が本図書館に入ってきた経過は明らかではない。しかし、本図書館が昭和15年に受け入れていることを考えれば、濱田徳海が大蔵省を去るにあたって、本人の意思によって資料を手放したものと推察される。
 確かに、この「濱田徳海資料」には1940年の画期的な税制改革に関する直接の文書は含まれていない。しかし、少なくとも日本における現代税制が構想されていく過程を理解する上で、極めて貴重な資料となっていることは間違いない。
 なお、この貴重な資料の整理は本大学院院生井手英策君及びその他の協力者の努力によるものである。

                             2000年7月31日

                                        東京大学経済学部教授 神 野 直 彦